最新の全ての人の生活に役立つ情報を多数ご紹介しています。

よりよく生活を楽しむ為に必要情報ブログ:2018/7/02

    

わしは親が本当に嫌いでした。

小さいころの記憶といえば、
家で日本酒に溺れるパパ、
そのことで親父をなじる母。

そしてその怒りを姉貴やわしにぶつけ、
お姉さんはその怒りをおいらにぶつけていました。

家には居場所がない…
娘の時の俺は
そう考えるしかありませんでした。

以前、実家に帰った時に
小学生の時に作った壁掛けがあったはずなので、
母親に見せてほしいと頼むと、
「捨てた」と言いました。

僕は当然のように聞きました。
「なんで捨てるねん、小学生のとき作った作品で唯一残ってるやつやん」

ママは言いました。
「あの壁掛け吐き気するくらいキライやねん。
灰色とかなんともいわれへん色ばっかりやから」

その通りです。
ミーがみても30秒が限界なのですから…
小学生の持つ明るさなどまったくなく、
絶望という言葉がふさわしいような色だけでした。

そして中学、高校と
表面的には普通のお子さんでしたが
内面的にはどんどんゆがんでいきました。

変わることのないパパと母、お姉さんとの確執。
その時のミーの望みはただひとつ、
「楽に死にたい」

何度も首をくくる練習もしました。
包丁を腹にあてたりもしました。
このまま目が覚めなかったらいいのに…と
毎日のように思っていました。

そしてある時、あたくしは決めました。
「こいつらは赤の他人や」と。

そしてわたしは一度だけ両親に言ったことがあります。
「こんなゆがんだ性格にしたのはあんたらのせいや、謝ってほしい」と。
父母は頭を下げました。

でも、そんな俺でも
今は少しづつ父も母もお姉ちゃんも
許せていっています。

姉貴にお子様が産まれ
実家で子どもたちと遊ぶようになった時に、
姉貴から
「ありがとう」と感謝をされたことで
おれの中で何かがかわりはじめたんです。

– お勧めの情報 –

青砥 賃貸はここへ
青砥 賃貸
URL:http://www.townhousing.co.jp/shop/aoto/